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2019年12月28日土曜日

さすがに今回は無~理~。


 ていうか、年末年始は止めて~。


↑↑ シネマシテイさんのページのスクショです。 ↑↑

 本当なら万障繰り合わせて行くところなのですが…。

 建設業界の片隅に身を置いている当方。
 設計・折衝等がメインの為、普段は基本的にはデスクワークなのです。
 ですが、時々は「設計者」として自分が手掛けた案件の「工事監理(※)」をしなければならず、重要な作業の時には現場に居なければなりません。
 昨日は1日中外で立ちっぱなしの工事監理のお仕事をしていて、日陰+吹きさらしの北風で体力を消耗してしまいました。作業をしている建設会社の人達は、それなりに防寒対策もしているし、何よりも体を動かしているので寒くはないのてす。それに対して、図面やらを持って見回っていて、何か起こった時に対応の指示をしたりするだけの当方は、体も温まらず寒いだけです。

 工事の予定を調整する会議の席上、諸般の都合で、大きな作業が昨日に決まった時に「あー、少なくとも28日のテレビシリーズ1期の上映には参加出来ないなー」と思いました。
 気力だけではカバー出来ない、体力の消耗が有りますからね。名古屋から立川まで行くのって、疲れている時には、ちょっとツラいんです。



↑↑ シネマシテイさんのページのスクショです。 ↑↑


 かといって、年が明けて1月4日のテレビシリーズ第2期の上映も、仕事始めが1月6日と言うことを考えると、ちと体力的に辛いものがありますから。
 来年は月曜日始まりなので、一週間丸っと出勤しなければならないし…。週末の10日には、また大きな作業の予定が入ってるもんな……。

 ということで、今回のシネマシティの企画上映は、残念ながらパスと相成りました。
 同時上映が、「映画 けいおん!」と「たまこラブストーリー」ではなく、「リズ」とユーフォニアムシリーズのどれか-この場合は「誓いのフィナーレ」しかないけど-だったら、それはそれで状況は変わって来ますけど。(^^;


 「代わりというにはおこがましいけど、過去の録画を見直すかな。セルフ全話視聴ってことで」と思い、Blu-rayを荷物の山の中から取り出すのが面倒なので、録画データをHDDの中から探してきました。
 第1期・第2期が本放送されていた頃は、機材導入の都合で「せっかくHD録画しているのに、やむなくSD変換して保存」していました。なので画質的にはお話にならないのですが、まあ、そこは気分の問題で。
 本当に綺麗な映像で見たくなったら、その時はBlu-rayを取り出せばいいやってことで。

 「放送は、全12話だったけど、どんなんだったかな?」と思って、チラッと2・3見てみたのですが、劇場版ではばっさり切られていた「見ていて、いたたまれない部分」が…。「そうだよなー、それで、当時は真面目に見なかったんだよなー」と、改めて思い出しましたとさ。


 今回のシネマシティの企画上映には行けませんが、先日、地元名古屋で行われた「京アニ作品特別上映」は計4回(=4作品)観に行きました。
 その辺のお話は、また次の機会にでも。
 年明けになるかな。


 とりあえず、忙しさを理由に放置してある「空の青さを知る人よ」のお話をまとめて掲載するつもりです。
 いつの間にか、映画も上映終わっちゃってますしねえ。


※:
 建物等が、設計図面通りに正しく出来ているか、ちゃんと工事されているかを確認し、そうでない場合は是正するよう指示し、適切に是正が実行されたかを確認する仕事です。
 いわゆる「管理」とは、字が違うように、やる内容も違うのです。

2019年10月30日水曜日

「HELLO WORLD」を観てきました

【1】実は…。
 小~中学生の頃、結構「SF小説」を読んでました。
 もっとも、SFの中でも「スペースオペラ」と言われるジャンルばかりで、その中でもやや古めの作品を好んでましたけれど。
 スペースオペラというのは、例えるならば「西部劇を、宇宙空間とかでやってる」ような感じで、空想科学バリバリのお話世界です。読んでいて直感的に楽しめるものが多いのです。

 それに対して「ハードSF」というジャンルもあり、こちらは科学的背景をガチガチに固めてある、いわば理論書とストーリーの融合みたいな世界です。「なるほど~!」を楽しむ感じ。
 文系人間である当方としては、ある程度までなら理論の世界についていけるのですが、臨界点を越えると「面倒くさー」となってしまう、厄介なジャンルです。
 こちらの到達点は今のところ、ロバート・L・フォワードの「竜の卵」ですね。ファンタジーっぽい書名ですけれど、本物の理論物理学者が書いたガチな本なのです。あまりの奇想天外さながら、背後にある緻密な理論に「あり得るかも」と信じうる、凄いお話です。今となっては、やや古くなりつつあるかもしれませんが、面白さは色褪せません。おすすめ。

 そんな「微妙なレベルのSF愛好者」からすると、『HELLO WORLD』はどうだったか」というのが今回の記事です。


【2】とりあえず、あらすじ
 まずは、あらすじをば。

 「舞台は、少し未来の京都。主人公は読書が好きな、少々内気な男子高校生。
 至極普通に『自分は、今、現実の世界を生きている』と思っていたけれど、実は『記録の中の世界』での記録であることを、未来から来たという自分自身(←ただし仮想のアバター的な存在)に突きつけられる。
 突然思いもしなかった状況に追い込まれた主人公が、半ば強制された初恋の人を喪失から守るために闘う物語」というのがざっくりとしたあらすじです。

 しかし、最後に大きなどんでん返しが仕組まれていて、意外な人の精一杯の努力の結果、主人公が二重(三重?)に救われるのが、ミソです。
 もっとも、そのどんでん返しのおかげで更に並行世界っぽくなって、最終的に話がますます分かりづらくなりますけど。



【3】直接の理由と第一印象と
 実は「堀口さんのキャラは、やっぱかわいいよね」という理由で見に来たのですが、見てみた感想としては「重かった…」って感じです。
 いやいや、「内容が」ということではなく「気軽に観るには」ということです。

 確かに絵は好み。
 キャラも背景も、パキッとしていて、個人的にはとても良い感じ。
 ありがちといえばありがちな設定とか物語っぽいけど、まあ、美術的な作り込みが結構行き届いているので、作品全体としては個人的に受け入れられる範囲内。まあ、背景に登場するトヨタ車「ist(イスト)」の多さには、苦笑しますけど。(^^;)

 でも、目まぐるしい展開とアクション、それにお話的に「うーむ」と思ってしまうと、見終わってスッキリとは言えず、「重かった」と思ってしまうと。
 例えて言うなら、「楽に食べられると思っていたのが、意外と味が濃い目で油っ気も多くて、食後に胃が重くなった」というところでしょうか。

 もっとも、この重さは「天気の子」を観た後の精神的な重さとは違い、単純に「しんどいわー」という感じです。あくまでも、「情報処理に追われて、疲れた」って感じかな。


【4】とはいえ、言いたい。
 上で「作品全体としては個人的に受け入れられる範囲内」と書きました。
 それは私が「細かいことを詮索しても、無駄」という悟りを開いたからかもしれません。
 「面白ければ、何でもあり」という、作る側の論理を学んだから。
 細かな作り込み・積み重ね・破綻の無い構成……等々は、そうであるに越したことはないけれど、「実際に面白いのならば、必ず要るものではない」のですよね。


 でも、悟りを開いたとは言え、やっぱり言いたいことはあります。

 まずは、一般のお客さんだと、ちょっと「?」と思うところは多いかもしれません。
 「一般の」というと語弊があるかもしれませんが、要は「SF的なことに多少なりとも興味・関心・理解がある人、以外」って意味です。

 「現実の世界を生きていると思っていたが、実は『記録の中の世界』での記録であること」を受け入れられないと話についていけません。そこら辺で、先に書いた「SFあるいはSFっぽいものに触れた人じゃないと」という話になるわけです。


 「森羅万象をデータとして記録できる」というのは、私も夢見るものです。究極のライフログ、ソーシャルログとでも言えますよね。
 そして、その記録の中に自分(それが仮にアバターであったとしても)を置いて、古い記録から時間軸的に再生して体験できるとしたら、それはある種の「過去へ行くタイムマシン」ですよね。

 しかし、その上で「記録と現実が、実際にリンクする」と言われると、「んー?」と思います。そんなもの(=「量子記憶装置」の内容と、それに伴う神経・身体・情報の電子的結合)が、この10年や20年で実現出来るとは思えません。物凄い「技術的臨界点」ってヤツが来れば話は別ですが。


 「タイムマシンではないもので、過去へのタイムトリップを実現する」ためのギミック/ガジェットとして「量子記憶装置」を作り出した訳ですが、作中で明言されているとおり「位置・形状・組成等→動作状況・周辺状況・変化状況、結果」などを記録することは出来るとして、未だ明示的に記録を開始してはいないはずの「生体そのものの情報・思考」までを正確に記録出来る訳が無く、その点で緻密なハード面での興味は終わってしまいます。
 「データに意志があるのか?」という点も引っかかりますしね。

 十分にSF的ではあるけれど、ハードSFではなく、ライトな感じかな。というか、ジュブナイルSFっぽいか。
 まあ、でも、この映画に対して、そこまで固いSF世界を求めて来る人はいないか。


【5】惜しい。とても惜しい。
 お話については「それ以上でも、それ以下でも無い」と思います。何度も見返して、込められた意味を読み解くような作品ではないでしょう。
 個人的には話の「SF的論理」が破綻していると思うので、単純に「会いたいんだ」「助けたいんだ」という、「○○したいんだ物」として楽しみました。堀口さんのキャラには全てを振り切る可愛さがありますからね。


 ただ、如何せんキャストが今一つではないかと思うんです。

 未来から来た主人公役の松坂桃李は、まあまあ悪くはなかったと思いました。朴訥な感じと捉えられなくもないです。
 高校生の主人公を演じた北村匠海も、叫ぶシーンとかで「ん?」と違和感を感じるものの、大筋では「こんなもんかな」という感じ。内気な高校生役だしね。
 それに比べて、ヒロインを演じる浜辺美波は、何というか、絵(映像)と演技において、「何か合っていない感じ」が否定できませんでした。
 実写映画としてならば、彼女で抜群に良い感じになると思うのですが。実に惜しい。
 映画の最後のシーンの「やってやりました」のとことか、発したセリフとしてはとても良いのですが、アニメには合っていない。実写版が脳内に浮かびました。もったいない。

 よく言われることですが、アニメの場合は、普通の演劇と違って声でしか感情などを表現できませんから、声優専門ではない俳優さんだと伝わり切らない部分が出ます。
 芸歴が長く、いろんな演技を経験している俳優さんならば、バリエーションの中から声だけの演技を引き出すことも出来るとは思うのですが、まだ若い俳優さんだと必ずしもそうもいかないと思います。

 諸事情がある以上、世間一般に知られていない声優さんで、一つの「製品」として、コストがかかっている映画の勝負に出るのは難しいとは思うのですが、一方で「作品」であるのならば、専門家である声優さんを使うべきなのではないでしょうか。
 例えば、この作品でも、俳優さんが当てているバージョンと声優さんのみで声を当てているバージョンとを作って比較してみると、出来の違いがはっきりすると思うのですけれど…。

 念のため書いておきますが、当方、浜辺美波さんは結構好きですよ。予告編で見た「屍人荘の殺人」のヒロイン役の彼女は、凄く魅力的です。今よりも、少し前の容姿の方が好みですけど。
 あ、でも、作品の内容がグロっぽいので、残念ながら当方は観られませんが…。
 血とかの映像が精神的に耐えられないので、ダメなんですよ。



【6】まとめ
 映画は瞬間・瞬発力の表現でもあり、入り組んだ話は一度観ただけではわかりません。興味津々で、かつ、スケジュール的に合う場合は何回かリピートして見て考えるのですが、この作品は、それでも分かりづらいかなと思い、復習の為にもノベライズを買いました。
 読んでみると、逆に、戦闘シーンを初めとして、文字からは想像しづらい所があり、「どっちもどっち」な微妙なバランスに考えさせられました。
 映画をより楽しみたいのであれば、先に軽くノベライズを流し読みしてから映画をみるといいかな。「あっ、こういうイメージだったのか」と、より分かりやすくなって、結果として入り込めると思います。でも、分かりやすさと引き換えに、初見の「!」と思う心の動きは失っちゃうしねえ…。


 難癖付けてしまいましたが、十分に楽しめました。
 お話のあらすじは学習したので、復習として。画像を楽しむために、機会があれば改めてスクリーンで再見したいなとは思っています。これは、ソフト化されたものを、自宅で見ても、楽しめない作品だと思います。やっぱり、圧倒的な大スクリーンじゃないとね。
 
 でも、観るチャンスあるかなあ。
 このところ、忙しいし、そろそろ上映期間も終わりに近づいてくるし…。



【余談】
 いつものように、Kindle版でノベライズ他を買ったのですが、悲しいことが1つ。
 スピンオフ小説の「HELLO WORLD if ー勘解由小路三鈴は世界で最初の失恋をするー 」は、堀口さん絵のサブヒロイン「勘解由小路 三鈴(かでのこうじ みすず)」がカバーイラストで、Kindle版でもそれが収録されています。
 それなのに、本編の方はカバーイラストが無く、殺風景な統一スタイルの物になっているのです。

 
 一応、サムネイルとしては表示されるし、購入後のダウンロード中の画面でも書籍版と同じカバーイラストが表示されるのに、肝心の読書時の表紙は殺風景なヤツになってしまうので、尚更寂しいっす。



 ↑↑ ダウンロード中はこんな風に表示されます ↑↑

 同じKindle版でも端末で挙動が異なり、Amazon謹製端末「Fire HD」だとサムネイルから本文が直接開くのですが、Android端末用の「Kindle for Android」ではサムネイルを選択→カバーイラストを一度拡大表示→本文と開きます。本物の本のようにカバーを見たいのなら、アプリ版の方が望みがかなうんですよね。あ、上記の「Kindle for Amazon」の話は、とりあえずタブレットでの場合です。
 ま、本文開いた後は、どちらも殺風景な表紙しか見られませんので同じですし、そんなに表紙を見る訳でもないのですが…。


 コミカライズ1巻のカバーイラストが、映画のポスターやチラシをなぞったものなのですが、あの雰囲気を本編のカバーイラストにされても面白くない。
 コミカライズが連載されてる「ウルトラジャンプ」本誌ではちゃんと描き下ろしの堀口さんイラストだったことがあり、当方も本屋で見かけてジャケ買いしています。(ォ)

 ↑↑ Amazonアプリのハードコピーですみません… ↑↑
ちなみに、これはKindle版の表示で、雑誌版とは微妙に異なります

 ここは、UJ本誌とかスピンオフ小説と同様に印象的なシーンを、描き下ろしで堀口さんイラストにして欲しいところでした。あー、それだと余計にコスト掛かるかぁ…。無理だな。

 Kindle版の表紙が殺風景なのは、新潮文庫の場合とかも同様なので、「書籍は書籍、電子書籍は電子書籍」として、別物と考えて、受け入れるべきなのでしょうが…。
 置ける場所があるなら当方も実物の書籍を買いますが、本で溢れかえってやむを得ず電子書籍を買っている訳で、代替品であっても代用品ではない訳ですから、なるべく同じまとめ方にして欲しいところです。
 内容を読むだけならば、文字データだけで事足りるっちゃ足りるんですけれどもね。


 次は「空の青さを知る人よ」です。


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 【追記】
 2回目、観てきてやりました!
 ( *`ω´*) ふんす!

 鼻息を荒くするほどのことでも無いですけれど。
 改めて、「SF的な設定は破綻してるっぽくね?」と思いました。まあ、ハッピーエンドだから受け入れます。
 2回目だし、ノベライズも流し読みしているので、情報処理的な負荷も少なく、サラッと観ることが出来ました。

 再確認になってしまいましたが、やっぱり浜辺美波さんの喋りはアニメに合っていない気がしました。
 漠然としていますが、語と語の間或いは発音と発音の間の切れ目が分かりづらく、言葉が明確に捉えられない。いわゆる「滑舌が悪い」というような状況に感じてしまう気がします。
 そもそも絵が喋るというあり得ない状況を理解するのに、自然・無意識に滑舌の良さを求めてしまうのかもしれません。それに対して、本作での浜辺さんは滑舌が悪いように認知してしまうため「なんか、合ってない」と思ってしまうのかも。甘ったるい雰囲気でも発音が明確だから、福原遥さん演ずる勘解由小路 三鈴は「合ってない」と思わずに受容出来るのかもしれません。

 そこで、ふと思ったのですが、「滑舌が悪いキャラクター」を、逆にアニメではどのように表現するのかしら。「合ってない」のではなく「滑舌悪っ」というのをどう処理するかですね。気になります。

 そういえば、ヒロインの「一行 瑠璃(いちぎょう るり)」って、「たまこまーけっと」のヒロインの妹「北白川あんこ」の成長後の姿っぽく見えますね。当方、あんこちゃんは、キャラソンが好みなので、今でもよく聞いてまして。
 

2019年10月17日木曜日

【カッとなって?】映画をまとめて観てきました

 最近、お仕事が忙しいのです。

 何もかも、まんべんなく忙しい。

 並行する大規模プロジェクトのその上に、更にもう1本大規模プロジェクトが追加。

 2年越しで携わっている法律がらみの事務仕事もクライマックスを迎えてしまい、気を抜くと、何が何やらよくわからなくなります。うーむ。



 そんな毎日にキレて、先週末(10月11日・金曜日)は休暇を無理矢理取って、映画を観に来ました。ヤケクソの3本連続です。


 朝一番は、本日封切りの①「空の青さを知る人よ」、二本目はこちらも本日封切り②「最高の人生の見つけ方」、3本目はいつものシネコンでは最終上映となった③「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-」

 ぴっちりと、ほぼ休憩時間なしのセルフ3本立てですわ。



 予告編からみた期待度でいくと②≧① /③という感じ。③は、まあ、別格扱いです。

 でも、結果からすると①>>>②という感じ。


 ②は「ウェディングドレス姿の吉永小百合は、未だ十分にイケる。ももクロのアリーナコンサートに乱入したシーンとか、下手するとアイドルよりも輝いて見える老婦人やな」と、思いました。当方、「隠れ若年性サユリスト」なのかもしれません…。(^^;)

 まあ、それ以上でも、それ以下でもないかなと。大金掛けた割にこれじゃあねえ…というと、辛辣過ぎますかね。


 それに比べて①は、予告編見たのは確か一回だけなんですけど、気になったんですよ。

 ただ、当方はあまり「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」が好みではなく、もっといえば脚本家・岡田麿里さんの書くお話が苦手ということ、ヒロインに声を当てているのが専門の声優ではないということで、期待値としてはやや低くかったのです。

 ところが、蓋を開けてみると、それら気になった点は全くの杞憂に過ぎず、ぶっちぎりの高評価になったという訳です。



 未だ投稿してはいませんが、ガチ系の夏アニメ映画としては「天気の子」「Hello World」も見ています。

 この内「Hello World」は、そもそも、作品の舞台・設定をどう捉えるかという点があるので、ひとまずおきます。


 「天気の子」は、確かに凄かったのですが、見終わっても、何か釈然としない感覚が残るのですけれど、「空の青さを知る人よ」の方は「うん、うん!」とすっきりするのです。

 この辺りの差は一体何なのか、考えてみたのです。それについては、この後の一連の投稿で述べてみたいと思います。




 とりあえず、今日封切りの「ガリーボーイ」は面白そう。字幕監修が日本人による日本語ラップ(ヒップホップ)の草分けの一人である「いとうせいこう」氏である点に、こだわりを感じますよね。

 今週は月曜が休日のせいで1日実働が少ないので、その分キリキリ働いて金曜日は疲労困憊していると思いますが、夜の部で是非観に行きたいと思ってます。



 では、話の流れ上、まずは「天気の子」の感想から始めましょうか。その後、「Hello World」→「空の青さを知る人よ」と進めていきます。

 ガリーボーイ見て逝っちゃったら、多少遅れるかもしれません。その時はごめんなさい。

 

「天気の子」観てきました。

 ということで、「天気の子」の感想です。

  「天気の子」を観に行ったのは、9月初めの頃。
 今となっては、話題的に合わないのですが、書き出しの部分まで含めての展開なので、当初書いていた記事をなるべく生かす方向でまとめています。

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 9月になりましたね。

 朝の通勤時、バスに学生の姿が戻って来ると「夏も終わったな」と思います。
 夏が終わったなと思うのは、お天気が少しだけ変わったことからも感じますよね。
 夕方退社して、職場の建物を出た時にふと見上げる空の様子が、何というか「空が高くなったな」と思うようになると、夏の終わりを感じます。
 人口に膾炙した和歌ですが、「夏と秋と ゆきかふ 空のかよひぢは かたへ涼しき 風や吹くらむ」という、古今和歌集・夏巻の最後を締めくくる凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)の和歌を思い出しますねえ。歌の意訳は「夏の終わりの今日。夏と秋とが行き交う空の上の通路は、片方だけ涼しい風が吹いているのかなあ」とでもしておきましょうか。
 きっと、今の、秋雨前線が居座る日本列島上空は、夏の空気と秋の空気が押し合いしていることでしょう。

 夏が終わり、学生さんが居なくなるのを待っていたことが一つ有ります。映画を見に行くことです。 
 具体的に言うのなら「天気の子」を見に行くのを、先送りしていたのです。
 話題の映画となると混み合うのは避けられない。でも、騒々しい雰囲気はイヤなんですよね。なので、夏休みが終わるのを待っていたのです。
 まあ、封切りの際の全国一斉上映を見に行くという手も無くはなかったのですが。


 新海誠監督の前作「君の名は。」は、「何回見たっけ?」と思う程度にはリピートしました。名古屋で見て函館で見て名古屋で何度も繰り返し観て、最後は立川で見て、とね。
 見るたびに、また見たくなる、そんな「魔法の作品」だったと思います。

 でも、今作「天気の子」は、今一つ気が進まなくって。

 予告編は、劇場で何度も見たんです。
 だから、もちろん気にはなったのですが、何だか今作は前作と違う雰囲気を感じて、「むむむむむむ…」と思ったんです。
 たびたび言及していますが、当方「ハッピーエンド至上主義者」なので、ストーリーが破綻しようとナンだろうと、「うんうん」と思えるラストが欲しいのです。ですが、「天気の子」は、予告編から、ほのかに漂う不穏さを感じたんですよね。
 それも、「天気の子」を見るのを先延ばしにしていた理由の一つですが。

 不穏さが何なのかを考えることが、裏返せばこの作品に込められた意味を読むことになるのかもしれない。そんな風に思いました。


【1】スッキリしないのです。
 前作「君の名は。」が「彗星から分裂したものの落下」という、人の遥か及ばないものからの被害への抵抗を描いたのにくらべて、今作は「環境破壊・温暖化・異常気象」という人自らが生み出すことに加担している事象による被害に向き合うことであるため、単純・素直に受け入れられないのかもしれません。
 なんだか、映画を見ている自分自身に対しても、ある種の責任を問われているような気がしてしまいますから。

 「言いたいことは、わかる。でも、それで、一体何をしろと言うのさ」という感じ。
 ストーリーは理解できても、意味が身に沁みてこないのが、なんかすっきりしないのかもしれません。

 実現性がかなりあり、実際に起こりかねないことを突きつけられると素直に楽しめないんじゃないでしょうか。

 当方の「ハッピーエンド至上主義」を差し引いても、観終わった後で今ひとつ「清々しくなれない」「スッキリしない」のはそのあたりに理由があるのかな



【2】「weathering with you」のこと
 どんな「子」なのかを示すために、名詞「天気」を格助詞「の」で繋いで連体修飾語とした「天気の子」というタイトルだけでは、この物語のすべてを捉えられてはいないと思うんです。

 この場合の「天気」は、普通に使う「その時どきの、晴雨・気温・風のぐあいなどの状態(※1)」や「〔『よい天気の意から』〕晴天(※1)」ではなく、「天の気:万物を生育する、天にみなぎっている精気(※2)」の語意を採りたい。
 というか、帆高と夏美が取材で訪れた「気象神社」の神主さんの説話の意を汲めば、採るべきでしょう。
 そして、単に主人公達あるいは特別に陽菜だけが「天気の子」なのだというのではなく、広い意味で「人は皆、『天の気』の子」なのだと捉えるのだと思います。


 けれど、本作の内容を考える際に着目すべきは、むしろ英語による副題「weathering with you」の方でしょう。「天気の子」という邦題からだけでは、作品に込められた作り手の想いは判明しきらないような気がします。

 業界用語になりますが「ウェザリング」と言われれば、プラモデル等の模型を作る際に、わざと汚れのような塗装などの処理を施して、使用感を出しリアルさを増す技法です。
 もちろん、この場合はそれではなく、「困難な状況を乗り越える」という意味でしょう。動詞「weather」の語意の内の1つです。
 作品の一番最後、島から再び東京へやってきた帆高が陽菜と再会する場面でのセリフから考えても、それが、「weathering with you」の示す意味です。「沈んだ世界の中で、二人で、困難な状況を乗り越えていく」ということ、そして拡大解釈すれば「みんなで現状を越えなければ」というメッセージなのでしょう。

 ※1:三省堂/新明解国語辞典第七版より
 ※2:小学館/精選版日本国語大辞典より


【3】「愛にできること」
 この作品の成り立ちにおいて、音楽を担当したRADWINPSの影響が大きいことは小説版「天気の子」の作者あとがきでも触れられています。
 挿入歌・主題歌として用いられている「愛にできることはまだあるかい」は、上の「weathering with you」の意味するところとも繋がりがあると考えています。
 つまり、「乗り越えていくことの根底には、愛が必要なのだ」ということかな。

 「天気」の犠牲となりつつあった陽菜を何とか救ったのは、帆高の陽菜への強い想い「愛」があったから。
 沈んだ世界を乗り越えて行こうとするのは二人の間に「愛」があるから。

 「愛があれば。愛にできることは沢山あるんだよ」という作り手達の想いが、この作品として、たどり着いた答えということだと思います。

 前作「君の名は。」も、「あの人を救いたい」「あの人にもう一度逢いたい」という強い想い=愛を感じさせるものでしたが、主人公達は決意表明などはせずに終わりました。
 それに対して本作「天気の子」では最後のシーンで主人公・穂高が強く決意を示しました。その点において、作り手=新海誠監督の前進を感じます。実績を踏まえた上で「私の考えは、想いは、これです」と作り手の意志を明らかに示せるようになったというか。


【まとめ】
 まとまりがあるような無いような感じで考えてきましたが、ハッキリした答えには辿り着き切らなかったような気がします。
 ただ、言えるのは、「作り手のメッセージが重いからこそ、すっきりしないのかもしれない」ということです。
 
 東京を水に沈めた雨をもたらしたのは、人が変えてしまっている気候が背後にあるはず。自分が取り組まず、誰かに頼るだけでは破滅的状況は変えられない。
 強い意志を持ち、愛と共に現状を良い方に変えていく。
 いや、変えていかなければ。

 このメッセージをどう捉えるか。
 エコな暮らしを送っている人ならば、肯定的にすっきり受け止められるのか? いや、そもそも、エコって何なんだ? 正解があるのか?

 この作品を見た数多くの人は、一体何をどう思ったのかな。
 奇麗な映像・美しい音楽のその先に、何を感じたのか。
 とても気になるところです。

 あなたは、どうですか?

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 単なる、考え過ぎかも。
 (*´・ω・)(・ω・`*)ネー。

 まあ、膨らむ妄想も含めて、観る楽しみということで。


 そういえば、パンフレットの「第2弾」が出ましたね。休暇取ってセルフ3本立て鑑賞した際に見つけて買いました。
 撮影の都合で、第2弾を下にしてしまいました…。絵的に第1弾の方が好みですし。
 

 なんだかんだ言っても、嫌いではないです。この作品。

 次は、「Hello World」の感想記事です。

2019年7月11日木曜日

立川なう。 再び


 半月ぶりに立川はシネマシティに来ています。

 そうです、万障を繰り合わせて「劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~」の極上音響上映を観に来たのです。

 今回は、2日間で計3回。
 今日の分の2回は、席もお気に入りの所が取れたし。堪能したいと思っております。




 そういえば、続編制作するんですね。
 そうだよね、その後の黄前ちゃんの姿を、北宇治がどうなるのか観たいもんねえ。
 あの終わり方は、続編有りきですよね。


 来週辺りから、年度内はお仕事が忙しくなりそうなので心が折れそうなのですが、続編を楽しみにやり過ごすことにしますかね。

2019年6月21日金曜日

立川なう。 そして…

 大きな仕事をこなしたら、なんだかやる気が失せました。何か「虚脱感」って感じでしょうか?


 そんな心のスキマを埋めるべく、昨日から立川に来ております。

 2日間で計7本と、映画三昧なのです。


 それはそうと、昨日の朝にシネマワンで1本目の「長いお別れ」を観た後、チラシ置き場で「響け!ユーフォニアム ~誓いのフィナーレ~」のチラシを発見しました。


 ポスターも出ていたし、やるのだろうとは思っていたのですが、特に告知とかもなかったし、しばらく先かなと思ったのですが。


 上映と上映の間の時間潰しに、シネマツーの売店を見るともなく見ていたら、カウンター上にちっちゃな物を見つけました。


 そうか、来月上旬かー。

 また、万難を排して来ないといかんですな。

 他にも良さげなのもあるんですが、今度は極音のユーフォだけを狙ってきますかね。

 春からずーっと忙しかったので、幸いにも休暇に余裕があるしね。


 今からとても楽しみです。

 チケット購入、頑張らないと。

2019年4月26日金曜日

弘前なう

 もうすぐ連休ですね。
 長い人なら10連休。
 どこへ出掛けますかねえ?

 「お家でのんびり」もいいですねえ。
 でも、当方の場合「のんびり」ではなく「だらだら」になりやすく、単に毎日を浪費するだけになってしまい、連休最後の日に「しょーもない連休だった」と反省することが多いんすよね。むしろ平日の方が疲れないことも多いです。

 さてと。
 今年はそんな怠惰な連休とはちょっと違っていて、今、弘前にいるのです。

 前の前の記事で「今年の春は、久しぶりに弘前に行きたいなー」と書いておりました。
 あの記事を上げてから、急に仕事が立て込んでしまい危うく今年も遠出は断念に成りかかっていたのですが、幸運と努力の結果、なんとかキリの良い所まで仕上げて、無理やり休暇を取って弘前までやって来たのです。

 ところが、ですよ。
 着いてみると、弘前というか東北地方は今一つのお天気で、曇りや雨です。天気予報だと「雪が降るかも?」なんて言ってます。確かに、寒いんですよね-。
 車から、軽装で弘前城に行ってしまい、寒さに我慢できず、天守閣が曳家で移動しているのを確認したら、とっとと撤収しました、
 普段は小心翼々で暮らしてますので、「日頃の行い」には自信があったんですけどねえ…。
 (^^;) ん?

 これは、そんな寒さに震えて、やる気の無い中で撮った1枚。


 前々回の記事と同じような写真ですみません。
 加工ソフトでいじくっているので、実際には、もっと寒々しい感じっす。


 ガクガクブル震えながら、ちょっと一休みしようと弘前市立観光館に立ち寄ったのですが、「聖地巡礼」のコーナーが、良かったです。作品への愛情を感じる展示でした。


 「ふらいんぐうぃっち」は勿論なのですが、「いとみち」というのもあるんですね。こっちは小説で、「陽だまりの彼女」の作者さんのなんですね。
 Kindle版を買ってとっとと読むのも一法ですが、落ち着いて読まないと記憶に残らないので、帰宅したら読んでみることにしましょう。

 弘前観光コンベンション協会さんは、仕事が手堅いですね。
 ちゃんとガイドマップを作ったり、動画でアピールしたり。ふらいんぐうぃっちの時の「魔法が使えるかもしれない街 弘前」とか、私は好きですねー。

 掲示は「ふらいんぐうぃっち」7巻の告知ですけど、今年は8巻が出る予定なので楽しみです。あ、ウチは、基本的にコミックスが出た時に読む主義なんです。


 そうそう、「ふらいんぐうぃっち」と言えば、物語の舞台にもなった「神明宮」にチョロっと行ってみました。行ったというか、前を通ったというか。


 これも、加工ソフトでいじくっているので、本当はこんなに明るくはないっす。
 もう少し天気が良かったら……。ねえ。


 それにしても、午後からは完全に雨だし、やることが思いつかないんすよね。本当は、もう少し聖地巡礼とかしようかなと思っていたんですけれど。

 明日以降、どうしようかなあ。今晩、寝ながら考えますかねえ。

 ちなみに、今、この記事を書いているのはふらいんぐうぃっちにも出てくる「イオンタウン弘前樋の口店」の駐車場なので、まあ、聖地巡礼っちゃ、そうなんですが。

2019年4月19日金曜日

ユーフォニアムシリーズ「誓いのフィナーレ」を観てきました


 勤め帰りのバスの中で、何気なくネットをさまよっていたら「劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」が本日19日に封切りだと知りました。

 これはいけない。観に行かなくては。

 ということで、無理やり午前を半休にして、いつものシネコンへ。
 「封切り日の朝一」かつ「ちょっと微妙な立地」なので、「客の入りはどうかな?」と思っていたのですが、さすがに根強いファンが付いている作品だけあってなかなかの埋まり具合でした。
 私も含めて男子ばかりでしたけれど…。


 お話としては、黄前ちゃん達が2年生になった年の吹奏楽コンクールまでの日々が描かれています。

 ユーフォニアムシリーズの前作「リズと青い鳥」の、いわば表側のストーリーで、みぞれと希美の物語と同時進行で動いていたものなんですね。

 なので、前作「リズと青い鳥」を見込んでいると、折に触れて「あ…」と思う場面があります。

 多数の登場人物達がそれぞれの物語を紡いでいることを、リアリティを持って想像出来るので、一作目から積み重ねてきたユーフォニアムシリーズの話の厚みをしみじみと感じますね。


 関西大会での演奏、素晴らしかったです。

 「リズと青い鳥って、こうだったんだ」と、深く味わえました。

 演奏シーン、よくあるクラシックの演奏会の番組のように、北宇治高校の演奏をカメラで捉え続けるように展開していくのですが、「そんなのまで、エフェクトで再現するの?」と思うほどの出来でした。

 北宇治高校の演奏が終わったところで、思わず拍手したくなってしまうほど、私の心に残る演奏シーンだったなあ。

 これ、音響に力を入れている館で観たいなあ。

 出来れば、極上音響で観たいっす。

 ということで、偏愛するシネマシティの上映予定を見たけど、今のところ何も記載が無いんですよね。

 まあ、前作「リズと青い鳥」の時のように、遅れ公開で何かを企画してくれるでしょうから、それを期待したいと思ってます。


 この10連休は、東北の方へ遠出するつもりなのですが、どうしようかな。

 なんか、映画館に通うのも悪くはないかも。

 そうしてセーブしておいた休暇を、シネマシティでの遅れ公開にぶつけるかなあ。

2019年3月12日火曜日

今年の春こそ、弘前へ。

 3月も中旬に入りましたねえ。

 年が明けて1・2・3月はどうにも過ぎるのが早くて…。この時期は、年度末も近いと言うことで、どうしてもパタパタしてしまうんてすよね。困ったものです。



 それはそうと、今、BS日テレで月曜~水曜の23時30分から、アニメ「ふらいんぐうぃっち」の再放送をやっているのです。




 「別冊少年マガジン」で連載されている原作のアニメ化なのですが、独特ののんびり感を味わえるファンタジーで、とても気に入っているのです。


 「高校に進学したのを機に、主人公が弘前の親戚の家に居候して魔女修行をする」と聞くと、なんというか「良くある、魔女もの? まあ、興味ないな」とか「あ、あれか、「魔女の宅急便」か!」なんて思ってしまいますが、激しい魔法が飛び交う訳でもなく、感動的なドラマが起こるのでもありません。

 「ごく普通の、何でもないような日常に、少し不思議が溶け込んでいる日々を、登場人物達と一緒に過ごす」、そんな穏やかな作品です。


 アニメ版は、原作の持っている味わいを更に丁寧に再構築していて、「理想のアニメ化」の内の一つだと思っています。

 本放送時は、「淡々とした、取り留めもないお話なのに、見ていると30分の時が経つのが異様に早く感じる」なんて言われていました。密度の濃い、ついつい引き込まれてしまう作品なのだと思いますね。


 残念ながら、本放送時、あまり注目されていた訳でもないし、Blu-rayやDVDの売上もそれ程ではなかったようで。

 それに、原作自体年一冊コミックスが出るペースでの連載だし、ディスク類の売り上げからしてもアニメ二期は無いのだろうなとあきらめているのですが、せめて再放送されないものかと思っていたんです。

 時々、思い出したようにどこかでは再放送されていたようですが、当地で見られるのは本放送時以来(もっとも、地元の日テレ系である中京テレビでの放送は無く、今回同様にBS日テレで見ていましたが)。なので、今回の再放送はとても嬉しいです。

 あー、持っているのだから、過去に買い込んだバラ版のBlu-ray見ればいいんですけどね…。



 そもそも、原作の「ふらいんぐうぃっち」そのものを知ったのは、2015年の春に弘前へ行った時、いろんな所で告知の貼り出しを見て「これ、何だろう?」と思い、調べてみたからなんです。


 「北海道新幹線の工事の進展に伴って、青函トンネルを通る寝台列車がそろそろ廃止になる」ということで、青森~札幌間で運行されていた寝台急行「はまなす」に乗りに出掛けた時に、「そう言えば、弘前城も天守閣の部分の石垣の補修工事に入るから、定番の『桜と天守閣』の光景がしばらく見られなくなっちゃうんだよなぁ」と思い、ついでに工事前最後の桜を見に弘前に立ち寄ったんですよね。



 そうしたら、こんなのが、JR弘前駅の中央口に掲示されていたのでした。



 画像右下の辺りを見てみると、なるほど、この頃(2015年4月)はコミックス第三巻が出たタイミングだったんですね。


 その後、早くも四年になります。

 行こう行こうと思ってはいたのですが、なかなか出掛けることが叶いませんでした。忙しかったりで…。

 今年は「天皇代替わりに伴う10連休」に有給休暇をくっつけて、のんびり東北を周遊してこようと思っています。

 そして、その際には、「ふらいんぐうぃっち」でも取り上げられた「弘前桜まつり」に立ち寄ると共に、「プチ聖地巡礼でも」とたくらんでいます。


 四年前は、満開の少し前だったので、アニメ(=原作)程華やかではなかったのです。今年は、もう少し咲いた状態でと思っているのですが、そうなると人混みで大変だし…。でも、せっかくなら綺麗に咲いたのを見たいし…。などと悩んでいるところです。(^^;)


 あ、ここまで書いてきてなんですが、BS日テレでの「ふらいんぐうぃっち」の再放送、今夜・明日の2回で終わりなんです。「どんな作品なの?」と興味を持たれた方が居られましたら、23時30分からの放送、忘れずに予約録画なり直接視聴なりしてみてくださいね。

 特に、13日夜に放送される予定の最終回のラストシーンは、幻想的でお勧めです。

 きっと、夏のねぷた祭りを見に、弘前に行きたくなりますよ!




 そう言えば、「なんで今頃、「ふらいんぐうぃっち」をBS日テレで再放送しているんだろう」と思ったのですが、昨年12月に2枚組の「コンパクト Blu-ray BOX」ってのが発売されてたんですね。ほほー。ディスクの入れ替えが激減するので、買いますかなあ……。


 告知→https://youtu.be/fNOWQbYCGhY


 もっとも、それを言っちゃうと自家録画したやつなら、そもそもディスクの入れ替えなど不要なんですけどね。

 まあ、こういうのは、御布施というか、買い支えないと次に繋がらないものですからねえ。

2019年1月2日水曜日

あけましておめでとうございます




 新年、あけましておめでとうごさいます。

 今年が皆様にとって、良い年でありますように。



 年が明けて、早くも丸1日過ぎてしまいました。昨日(元日)は懸案のパソコンいじりに没頭していた為、ついつい更新出来ませんで、こんなタイミングでの投稿になりました。

 まあ、ちまちまとやっているブログですので、更新出来なくとも全然問題はないのですが…。(^^;


 今年の年始の写真は、長野県道210号西伊那線を北から南に向かっている途中の一コマを選んでみました。


 昨年7月のこと。

 立川のシネマシティで映画を観た後、「いつもとは違うルートで帰ってみるか」と思って、立川→諏訪市(泊)→浜松→名古屋というルートを選択しました。

 久しぶりに国道152号を走ってみたかったし、どうせなら、浜松市のお気に入りの餃子屋さんにも寄りたかったし。


 ところが、この国道152号、台風7号による被害の影響で長野県の伊那市長谷栗沢~大鹿村鹿塩女高が通行止めになっていました

 仕方がないので、迂回路として長野県道を209号~18号~49号~210号~59号~22号と延々と走って、やっとこさ大鹿村役場付近で国道152号に復帰したのですが、上掲の写真はその途中の210号でのものという訳です。


 この「長野県道210号線」はなかなか手強い路線で、そもそも自動車では通行出来ない「不通区間」があるんです。その不通区間は「新山峠」という場所なのですが、そこを避けるために上記のような面倒くさい迂回になったのです。


 撮影したのは、長野県駒ヶ根市と長野県中川村との境目のすぐ近くなのですが、民家もほとんど無く、離合困難な一車線の道路が延々と続き、精神的にとても疲れたんですよね。

 路面が崩れそうな所とかもあって、何故か、思わず大笑いしてしまった直後に撮ったんすよねえ。


 昨年一年の間に撮影した写真を見直していて、「まだまだ、知らない所ばかりだな」と、ふと思ったんですよね。

 それから連想して、「今年も、いろんな所へ。まだ見たことのない場所、走ったことのない道へ出かけたいな」と今年の目標のようなものを思いついたものですから、この写真を選んだという次第。



 ということで、今年もマイナーな話題に終始拘っていきたいと思っております。


 お暇と興味の有る方は、お寄りくださいませ。



 <追記>

 この先カーブを2つ過ぎ、距離にして数百メートル進むと「折草峠」という峠になります。

 そこには、この写真の様な行き先案内の標識があります。


 写真が汚いのでちょっと読み辛いかもしれませんが、黄色いヤツに「陣馬形山キャンプ場」と書いてありますね。

 この「陣馬形山キャンプ場」、昨年の今頃アニメ化されて話題になった「ゆるキャン△」に登場した所です。陣馬形山の山頂のすぐ下にあるキャンプ場で、伊那谷を見渡す絶景が素晴らしいんですよー。

 もっとも、主人公の「志摩リン」ちゃんが辿ったのは、この折草峠からのルートではありませんけれど。


 実は私、10年位前に、この折草峠からのルートで陣馬形山キャンプ場に行ったことがあります。当時は未舗装の林道で、南の小渋湖から長野県道210号線を上がって来て、その道の狭隘さに疲れた後でしたから、ウンザリしたことを覚えています。