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2020年12月27日日曜日

現実の世界は… 「ニューヨーク 親切なロシア料理店」



 気になっていた洋画の中の1本を見てきました。

時間的に余裕が無かったので、晩ご飯は映画の後。
内容が内容なので、ご飯がおいしく感じられませんでした…。


 予告編の段階から重苦しさは感じていたのですが、登場人物の「良さげな老紳士」が気になって…。実見に及んだわけです。
 「味のあるおじさん」が好きですからね。

 「もの凄くハッピーでハートウォーミングな物語」とは思っていませんでしたが、現物の重さは想像以上でした。

 今回は、そんな感想です。


人物写真の右側、上から3段目が「老紳士」です


【あらすじは公式サイト他で御確認を】
 若くして結婚した主人公が、ある種の異常者である配偶者からDVを受け、それからの脱出を図るのが本筋。
 それと同時並行で描かれる様々な人達の物語が、ある一点で交わり、そこから話が動いていきます。

 主人公以外の人達は、身内を犯罪絡みで無くした男(=マーク)、発達障害の男(=ジェフ)、1人で頑張っているものの思うようには物事が進まずに限界に達しつつある女(=アリス)が描かれています。

 そうして、彼らをそっと包み込むのが、予告編で気になっていた老紳士がオーナーであり、邦題に含まれている「ロシア料理店」ということになります。
 そのロシア料理店にしても曰く付きで、決して天国ではない訳ですが、ある種達観した老紳士の心のお蔭か、世間からの緩衝地帯になっているのですね。


【私にはわからないけれど】
 私、物心ついてから以降、誰かを能動的に殴ったりしたことがありません。
 なものですから、暴力をふるう快感というのが理解できないのです。
 なので、一見正常そうな主人公の配偶者の暴力嗜好は理解できないのです。

 でも、ある一線を超えた瞬間に「スイッチが入る人」は、この世には結構いて、それは割とよく見ているので、「ああ、居るよね、こういう人」とは痛感します。

 頭は良さそうな人なので、きっと合理的に暴力をふるうことが出来るであろう警察官になっているのでしょう。
 でも、これがまた、主人公親子を追い詰めるのに効果的なのです。「他の職業ならば、こんなにスピーディかつ効果的に出来ないよな」と思います。


【愛はなかった】
 主人公は、きっと自分への暴力だけならば、引き続き我慢していたのでしょう。でも、息子たちへの暴力には耐えられず、脱出を決めました。
 逃亡生活の最中、長男に配偶者との出会いとその後の生活を語るのですが、「生け贄になったの?」としか思えません。
 そんな状態では、決して愛情のある生活ではなかったはず。それ故、ロシア料理店でマークと正式に出会って、これまでにはなかった「愛情」を感じたのでしょう。

 他の2人(ジェフ/アリス)にしても、「愛情」とは程遠い状況です。
 「現代の病理」と言ってしまうとそこまでなのかもしれませんが、乾いて繋がりの希薄な現代社会の縮図を見せつけられているようで、いたたまれなさでいっぱいになります。


【イメージ】
 ロシア料理店の裏側をみると、「イメージ」の力を考えてしまいます。
 老紳士こと「ティモフェイ」は、実はニューヨーク生まれのニューヨーク育ち。つまり、バリバリの「ニューヨーカー」なわけです。 
 でも、ロシアからの移住者の血統だからということで、ロシア人らしさを求められる。

 ロシアにゆかりの無さそうなキッチンスタッフ達の作るロシア風の料理の価値は、一体いかほどなのか? そこがわかっているからこそ「缶詰開けるだけだからキャビアは間違いがない」という、ティモフェイの自嘲的なセリフが、ピリッと利くのだと思います。

 私たちも、普通に「こういう風だよね」という、物事に対する先入観を持っている訳ですが、「それ、本当なの?」と思うことも大切なのだと思います。
 公平ではない、決めつけなのかもしれませんからね。


【とても淡い救い】
 繋がった登場人物達。
 そして、話は動いて、物語は決着します。
 「まあ、そうだろうね」と思える展開があって、主人公親子は配偶者と離別することが出来ました。

 最終盤に、「長男の想いもあって、今すぐに大きな展開は作り出せないけれど、時間をかけてマークとの関係を育んでいきたい」という、主人公の想いが込められた贈り物が登場します。
 それを受け取った時のマークの抑制された感情表現が、派手ではないからこその堅い未来を想像させて良かった。
 「それだけ?」と思えてしまうのですが、とても淡いけれど、主人公達にとっての大きな救いなのだとは思います。


 ジェフも、ティモフェイとマークの想いから、ロシア料理店のドアマンとして雇われます。これも、派手な形ではないのですが、理解してくれる人に見守られる暖かなこれからを感じます。


 アリスには、少し変わった、でも正義感のあるパートナーが出来たし、営んでいた事業もバックがついてうまく回るようになって、いい方向に進んでいることが描かれます。

 決して「もの凄くハッピー」ではないのですが、淡いけれど暖かい救いがある物語。
 たぶん、現実も、そんなものですから。
 納得しました。


【見ているのはつらい】
 最後には幾らかの希望があって、一晩経って納得は出来たのですけれど、見ている間はとてもつらかったです。
 「普通のコース」を少しでも外れた時に、人に何が起こるか。簡単に追い詰められてしまう有り様。そして、畳み掛ける事態。

 主人公達には、ロシア料理店があり、マークがいました。そして、マークやアリスを包み込むティモフェイや弁護士ジョン・ピーターがいた。だから、何とかなった。でも、彼らがいなかったら?


 DVは私たちの暮らすこの国でも他人事ではないし、一度道を踏み外すと救いの薄い状況だってさほど変わらない。

 新型コロナウイルス禍で、こんなにも脆く「日常」が崩れたことを考えれば、決してスクリーンの向こうの作り事ではないと思うのです。

 そう思うからか、見ていてとてもつらかった。
 シアターを出て、車で家に帰る間も、ずっと気分が重かったです。



【出来の良さ故に】
 映画の冒頭、主人公達がまだ眠っている配偶者を残して家から出ていくシーン。そこでメインのキャスト名などがテロップで出るのですが、美しく洗練されていたと思います。
 場所・舞台(アニメ的には「背景」って表現する要素)の良さ、画面構成の良さが合わさって、「絵」としてとても良くできていると思います


 それに、出てくる場所(ロケ地)が素敵で、「これならば『ニューヨーク市のフイルムコミッション』が協力した価値があるわ」と思えました。過日の「君は彼方」と、根本的に異なるところですね。

 逆に、美しくセンスが良いからこそ、救いのなさが重くなるのかもしれません。


 ただですねえ、ストーリーに劇的な山場が有る訳ではなく、主人公たちも家出の最初の頃の空元気がなくなり、淡々と重い話が続いていきます。
 「面白い?」と問われれば、「うーん、それ程でも…。お勧めはしないかな」と答える作品です。そこら辺が、海外における低評価につながっているのかもしれませんね。