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2020年11月26日木曜日

妄想炸裂 その5「劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン」

 妄想を炸裂させる記事、その5です。
 思考がぐるぐるループです。
 捨てるのも惜しいので、引き続き、敢えて記事にしていきます。

 ネタバレがあります。
 映画を未見の方は、本記事はお読みにならない方がよいと思います。

 あくまでも、私個人が、「劇場版」と「テレビシリーズ」を見て感じたことをまとめたものですので、誤認や知識不足があると思います。御容赦くださいませ。



【わき目も振らずに】
 少佐が作り上げた人力ロープウェイの初仕事のところ。
 ちょうど通りがかったヴァイオレットとホッジンズ。

 学校でジルベール先生のことを、たくさんはなしてくれた少年が、2人に気づいて話しかける。先生の凄さを語る少年と、その話を優しくも寂しげな表情で聞くヴァイオレット。
 ロープウェーの周りの人達の様子は眺めるけれど、斜面の下の方には目を向けない。そちらを見れば、豆粒のような大きさだろうけれど、きっと少佐の生きている姿を見られただろうに。

 その後、ヴァイオレットがトランクを開け、少佐への手紙を手にとり、ふっと見つめるシーンがある。決して、斜面の下の方を見たりはしない。
 あの時に、ヴァイオレットは少佐へお別れを告げていたんだろうな。万感の思いが籠もった一瞬だった。

 その後、わき目もふらず港へ下りていくヴァイオレットの姿は、悲しいくらいに気高く美しかった。
 視線を周りに向けてしまうと、気が弛んでしまい、少佐のことを考えて出したはずの結論が揺らいでしまう。だからこそ、毅然と前しか見ずに歩いて行ったのだろう。
 本作前半~中盤までで何度かヴァイオレットがモノローグで語ったように、「忘れる」は難しく、何を見ても少佐を思い出し・考えてしまうから。

 
 さて、ここまで自分の感想を書き出して来たのだけれど、とても気になるのは、原作との差異。
 原作にここまで込めてあるのか、それとも、原作から膨らましているのか。
 映画→ノベライズだと、そこがわかりづらいところでもあるのだけれど、本作は原作→映画化(アニメ化)だから、はっきりするはず。
 比較対照してみてこそ、監督が、脚本家が、京アニが本作に込めたメッセージが分かる、はず。
 そういう意味でも、原作をとっとと読まなければ‥。

 吉田玲子さんの脚本は、素晴らしいと思ってます。単に、それを確認したいというのも大きいですけれど。


 仄聞したところでは、原作との差異はかなりあるようなので、読まない方が良いような気もしています。……。悩ましい。




【隠れ灯台好きなもので】
 エカルテ島の嵐のシーン。
 あんなに迫真の灯光を見たことがない。アニメだから出来る表現で、実写を越えてると思う。密かに灯台好きな私は、あの回転するフレネルレンズの描写には驚愕した。
 そもそも、灯台のシーン、全部良くできてましたよ。あの寂しげな灯台は、何だかヤンソンの「ムーミンパパ海へ行く」の舞台となる、無人島の灯台を思い出させるものがありました。

 でも、エカルテ島って、島本体の周りに、礁状の外郭があるから、あの灯台の意味はなんなのだろうかとも考えます。単なる位置ビーコンみたいなものなのかな。「ココには島があるよ」という。

 本当は、航行に危険な礁がある場合は、そこを示す不動の照明か、もしくは現場に小さな灯台を設置しないと、むしろ危険だと思うけれど。「海図に載ってるじゃん」と言われればそうだし、「あの規模の礁を、標識でどう警告しろというのか」と言われれば、仰るとおりだし。

 あの島がどうやって出来た島なのかも気になります。柱状節理のような崖状の岸辺がありますから、海底火山の周囲とかなのかな。あの船着き場の描写からは、一瞬東京の離島である青ヶ島を思い出しました。当方、仕事柄、地質・地学にも興味があるので…。



【すべて聞いた話です】
 兄ユリスと弟シオンとの関係は、言うまでもなく兄ディートフリートと弟ギルベルトのコピーです。
 まあ、大抵の兄弟・姉妹は「単純に仲が良い」というものではないはずなので、どこの兄弟・姉妹にも当てはまることなのでしょうけれど…。

 「ユリスとシオン」という単体のお話だけでは、「兄弟の物語」としては弱く、深みも出ません。そこに「ディートフリートとギルベルト」の話を絡ませることで、「兄弟」ならではの愛憎とそれを越えた愛情を表現したのだと思います。

 その兄弟ならではの関係について、まず気付かせたのは、テレビシリーズ序盤でのドール養成学校の同級生だったルクリア兄妹の物語でした。


 確かに、本作(劇場版)は単独でも一つのまとまったお話になっていて、感動に到達出来ると思います。
 かく申す私も、本作を見るまで「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」シリーズそのものに触れていませんでしたが、一定の感動を得られましたから。
 そういう作りでなければ、熱心なファンしか呼べない映画になってしまうと思います。

 「ガールズ&パンツァー 劇場版」では本編の始まる前に「これまでのあらすじ」を解説するごく短いパートがあります。でも、初見のお客さんがあれを見ても、やっぱり本編で描かれる「濃いストーリー」を堪能することは出来にくいと思います。

 それに比して、本作は、自然に物語の背景を説明し、初見のお客さんにも過度の負担はかけていない。
 普通のお客さんならば、1度映画を見たらそれまでで終わりなのでしょうけれど、本作に関してはむしろ遡ってテレビシリーズを見て欲しいなと思います。
 そして、テレビシリーズを見た後で、もう一度本作を見て欲しい。
 きっと、この物語の深さを、示しているものの価値を、改めて理解出来ると思います。


 すべてが密接な繋がりを持って、大きな物語を構築していく。
 これは、シリーズ構成の巧さによると思います。その上で、重要なところでは自らが脚本を手掛けているからこそ出来ることなのでしょうね。

 と、最後はまた、吉田玲子さんの話になってしまった…。(^^;)


 ガルパンも、シリーズ構成・脚本共に吉田玲子さんだし、巧みな物語だとは思うのですが、とはいえ「テレビシリーズまで見てよ」とは、なかなか素人には勧めづらい。ケリがつくのが「最終章シリーズ」で、完結まではもうしばらく掛かるし。
 そもそも、関心を持った人しか「ガルパン 劇場版」には食いつかないからなあ…。
 私はエンドロール中に流れる「帰るみんなの姿」見る度に、目頭が熱くなりますが。おじさんなので…。

 あ、吉田玲子さんといえば、「のんのんびより」も、また新作テレビシリーズやるんですよね。
 あれも、お話が淡々としているだけに、シリーズ構成の力が大きい作品だと思います。